
今回は、アーチ状の天面を持つステンレス製外装カバー筐体の板金加工事例をご紹介します。
形状・素材・仕上げのそれぞれにどのような理由があるのか、製作の観点から解説します。
食品加工機器や厨房機器の外装カバーには、一般的な工業製品の筐体とは異なる要件が求められます。
衛生基準への対応、洗浄への耐性、そして日々の使用に耐える堅牢性——これらを同時に満たしながら、機器全体の外観品質も維持しなければなりません。
この筐体の特徴:アーチ天面はなぜ必要か
今回製作した筐体で最も特徴的なのは、天面が直線ではなくアーチ状に湾曲している点です。
一見するとデザイン上の選択に見えますが、実際にはいくつかの機能的な理由があります。
まず、内部空間の確保です。
機器の上部に発熱部品や大型コンポーネントが配置される場合、フラットな天面では高さが足りないことがあります。
アーチ形状にすることで、外形寸法を抑えながら内部の有効高さを確保できます。
次に、液体の排水・流下です。食品加工の現場では、洗浄水や蒸気の結露が筐体表面に付着することがあります。
アーチ天面は水が自然に両脇へ流れるため、天面に水が溜まりにくい構造です。
食品衛生の観点から、水溜まりが生じない設計は重要な要件のひとつです。
また、剛性の向上という効果もあります。
平板よりもアーチ形状の方が面剛性が高く、同じ板厚でも天面のたわみを抑制できます。機器の上に物を置かれるケースも想定されるため、この点は無視できません。
素材の選定:なぜSUS304なのか
今回の筐体素材はSUS304(18-8ステンレス鋼)を使用しています。
食品機械・厨房機器の外装カバーにSUS304が選ばれる理由は、次の点にあります。
食品衛生法・HACCPへの対応として、食品に接触する可能性がある機器の表面素材には、溶出物が少なく、洗浄・殺菌剤に耐性がある素材が求められます。
SUS304は多くの食品機械メーカーが標準採用しており、食品衛生法の基準を満たす素材として広く認知されています。
耐食性の面では、厨房環境では塩分・酸・アルカリ性の洗剤にさらされることがあります。
SUS304はこれらに対して高い耐食性を持ち、一般的なスチールや塗装鋼板よりも長期間にわたって表面状態を維持できます。
清掃のしやすさについても、表面が滑らかなステンレスは汚れが付着しにくく、洗浄が容易です。
特に食品残渣や油脂が付着する環境では、この特性が衛生管理の効率に直結します。
参考:厚生労働省「食品衛生法に基づく食品機械・器具の衛生管理」 https://www.mhlw.go.jp/
参考:一般社団法人 日本食品機械工業会 https://www.shokuki.or.jp/
製作工程:アーチ天面を板金で作るための技術
アーチ状の天面を板金加工で製作する工程は、フラットな筐体と比べて技術的な難易度が高くなります。
ロール成形による曲面加工
天面のアーチ形状は、ロール成形(ベンディングロール)と呼ばれる加工法で製作しています。
板材をローラーに通すことで、一定の曲率を持つ曲面に成形する手法です。
ロール成形では、曲率の均一性が仕上がりの品質を左右します。
曲率が均一でないと、天面に「うねり」が生じ、光の反射でムラが目立ちます。加工前に試し曲げを行い、目標曲率に対するローラー間隔を調整してから本加工に入る手順が必要です。
レーザー加工による開口・穴あけ
側面の角型開口部・丸穴・通気孔群は、レーザー加工機で精密に切断しています。
開口位置の精度は内部機器の取り付けに直結するため、±0.1mm以内の寸法管理が求められます。
通気孔は複数の小穴を規則的に配置したパターンになっており、内部の熱を逃がしながら異物の侵入を防ぐ役割を持っています。
穴径と配置間隔は、通気量と強度のバランスを考慮して設計されています。
TIG溶接と歪み管理
アーチ天面と側面パネルの接合にはTIG溶接を使用しています。
曲面と平面の接合部分は、溶接時の熱による歪みが生じやすい箇所です。
入熱量を抑えながら溶接を行い、歪み修正の工程を挟みつつ組み上げています。
溶接後の継ぎ目は研磨で整え、外観上の段差をなくしています。
ヘアライン研磨仕上げ
表面仕上げは全面ヘアライン処理を施しています。
ヘアライン仕上げは、細かな線状の研磨目が均一に入ることで、傷が目立ちにくく、かつ清掃後の拭き跡も残りにくい特性があります。食品・厨房機器の外装として適した仕上げのひとつです。
曲面部分のヘアライン研磨は方向の統一が難しいため、治具を使って研磨方向を固定する工夫が必要です。
参考:一般社団法人 精密工学会 https://www.jspe.or.jp/
食品・厨房機器の外装筐体に求められる設計要件
食品機械メーカーの設計担当者が外装カバーを設計・発注する際に考慮すべき要件を整理します。
デッドスペースをなくす設計として、内角・継ぎ目・ネジ穴の窪みなどに汚れが蓄積すると、食品衛生上の問題につながります。
外装カバーの設計段階から、清掃が困難になる形状を避けることが求められます。
開口部の防水・防塵処理については、通気のための開口と、外部からの水・塵の侵入防止は相反する要件です。
開口の位置・形状・フィルターの有無を機器の使用環境に合わせて設計する必要があります。
脱着・メンテナンスのしやすさとして、定期点検・部品交換の際にカバーを取り外せる設計になっているかどうかも重要な設計要件のひとつです。
ネジの種類・数・配置が作業効率に影響します。
表面粗さの基準については、食品に間接的に接触する可能性がある部位は、表面粗さの規定が設けられるケースがあります。
発注前に必要な表面粗さ(Ra値)を明確にすることで、適切な研磨工程を選定できます。
参考:食品安全委員会「HACCPに基づく衛生管理の基準」 https://www.fsc.go.jp/
まとめ
アーチ天面を持つステンレス製外装カバー筐体は、形状・素材・仕上げのすべてに機能的な理由があります。
食品・厨房機器の外装として求められる衛生性・耐食性・清掃性を満たしながら、内部機器の実装要件にも対応するためには、設計段階から製作業者と密に連携することが品質確保への近道です。
外装カバーの板金加工を検討している場合は、素材の選定・表面処理の種類・開口部の配置・清掃性への配慮を具体的に伝えた上で、業者との仕様確認を進めることをすすめします。
参考・出典URL一覧
- 厚生労働省(食品衛生法関連):https://www.mhlw.go.jp/
- 一般社団法人 日本食品機械工業会:https://www.shokuki.or.jp/
- 食品安全委員会:https://www.fsc.go.jp/
- 一般社団法人 精密工学会:https://www.jspe.or.jp/
