
今回ご紹介するのは、ステンレスパイプの曲げ加工とバフ研磨仕上げによるバゲージラックのオーダー製作事例です。客室の世界観を壊さず、かつ10年以上使い続けられる耐久性を両立した一台がどのように生まれたか、製作の裏側をお伝えします。
ホテルや旅館のリノベーションを担当したことがある方なら、この感覚に共感していただけると思います。
壁紙も照明もこだわり抜いたのに、バゲージラック(荷物台)だけが浮いている。安っぽい金属パイプの溶接跡が丸見えで、どこか「業務用感」が漂ってしまういます。
なぜバゲージラックにこだわるのか?客室備品が持つ「空間力」について
バゲージラックは、客室の中で最も「存在感を主張しない」備品のひとつです。だからこそ、粗悪品を置いたときのマイナスの影響が目立ちにくく、後回しにされがちです。
でも少し考えてみてください。
チェックイン直後、お客様が最初にすることは何でしょうか。スーツケースをバゲージラックに置くことです。その瞬間に手が触れ、重量を預け、素材の質感を肌で感じる。客室で最初に「触れる備品」がバゲージラックなのです。
ざらついた溶接跡、冷たすぎる感触、きしむ音——それらがお客様の第一印象を形成します。
逆に、なめらかに磨かれたステンレスパイプの手触り、適度な重量感、静かに荷物を受け止めるしっかりした構造。それだけで「このホテルはきちんとしている」という安心感を与えます。
備品の質は、言葉ではなく体験として伝わります。
参考:日本旅館協会「宿泊施設の品質管理と顧客満足」 https://www.ryokan.or.jp/
今回の製作事例
今回のバゲージラックの製作依頼は、リノベーション中のシティホテルからのものでした。
全客室40室に同仕様のバゲージラックを導入するにあたり、以下の条件が提示されました。
客室のテーマは「都市の中の静けさ」。素材はウォールナット・マットブラック・シルバーで統一されており、バゲージラックもその世界観に溶け込むものであること。
サイズは既存の客室の壁面に合わせた幅600mm・高さ150mm・奥行き350mm。
スーツケースLサイズが安定して載ること。そして、客室清掃時のアルカリ性洗剤にも耐えられる素材であること。
市販品を複数当たったものの、サイズと仕上げの両方を満たすものがなく、オーダー製作という結論に至ったとのことでした。
ステンレスパイプ曲げ加工の工程:なめらかな曲線はこうして生まれる
今回の製品で最も技術的な難易度が高かったのは、U字フレームの曲げ加工です。
パイプ曲げ加工の難しさ
ステンレスパイプを曲げるとき、無計画に力をかけると「偏平」と呼ばれる変形が起きます。
円形断面が楕円に潰れ、見た目にも強度にも問題が生じます。これを防ぐためには、パイプ内部にマンドレル(芯金)を挿入した状態で曲げるという手法が必要です。
今回使用したパイプは外径25.4mm・肉厚1.5mmのSUS304。
マンドレル曲げ加工により、曲げ部の断面真円度を±0.3mm以内に維持しています。仕上がったU字フレームを横から見たとき、曲線が均一でなめらかであることが、この精度管理の成果です。
横棒(ステー)の溶接と仕上げ
U字フレームに横棒を等間隔で溶接する際、位置決め治具を使用して全本の間隔を均一に管理しました。
溶接はTIG溶接を採用し、溶接ビードを完全に研磨除去。「どこで溶接したかわからない」仕上がりを目標にしています。
ステーの端部は面取り加工を施しており、スーツケースのベルトやハンドルが引っかかることなくスムーズに荷物を出し入れできます。
この細部への配慮が、毎日使う備品としての完成度を左右します。
参考:一般社団法人 溶接学会 https://www.jwes.or.jp/
バフ研磨仕上げ
最終工程として、全面をバフ研磨で仕上げています。
粗研磨→中研磨→仕上げ研磨と段階的に磨き込み、鏡面に近い光沢感を出しながらも、指紋が目立ちにくいサテン調の表面感に調整しています。
「ピカピカすぎない、でも安っぽくない」——ホテル備品として求められる微妙な光沢バランスを、研磨の番手(粒度)をコントロールすることで実現しています。
ホテル・旅館向けステンレスパイプ製品の主な用途
今回はバゲージラックとしての事例をご紹介しましたが、同様の製法でさまざまなホテル・旅館向け製品を製作しています。
手すり・グラブバー:浴室・廊下・階段の手すりとして。バリアフリー対応の角度・高さにカスタム対応。
タオルバー・タオルハンガー:洗面台・バスルームのタオル掛け。壁取り付け用の固定金具まで一体製作可能。
メニュースタンド・サインホルダー:レストランやロビーのメニュー立て。パイプとフレームの組み合わせでオリジナルデザインに対応。
ルームディバイダー(間仕切りフレーム):客室の空間を緩やかに仕切るパイプフレーム。布や植物を組み合わせるベースとして使用。
いずれも「サイズ・形状・仕上げをゼロから決められる」ことがオーダー製作の強みです。
参考:公益社団法人 日本ホテル協会 https://www.j-hotel.or.jp/
オーダー製作を依頼するときに伝えてほしいこと
ステンレスパイプのオーダー製作を検討する際、業者にスムーズに伝えるためのポイントをまとめます。
設置場所の素材・色のテーマを伝える
バゲージラックや手すりは、周囲の素材・色との相性が仕上がりの印象を大きく左右します。
「ウォールナットと合わせたい」「マットブラックで統一している」などの情報を伝えることで、適切な仕上げ(バフ・ヘアライン・塗装)を提案してもらえます。
使用頻度と清掃方法を伝える
ホテルの備品は毎日清掃されます。
使用する洗剤の種類(中性・アルカリ性・塩素系)と清掃頻度を伝えることで、適切な表面処理と板厚を選定できます。
数量と納期の余裕を確保する
40室分のオーダーであれば、治具製作・試作確認・量産という流れが必要です。
リノベーションスケジュールに合わせて、最低でも製作開始から納品まで6〜8週間の余裕を見ることをすすめします。
参考:ものづくりマッチングサイト「MEKIKI」 https://mekiki.monodukuri.com/
まとめ:客室備品の質が、ホテルの「品格」をつくる
今回の事例で完成したバゲージラックは、40室に納品後、清掃スタッフから「拭きやすい」、フロントスタッフから「お客様から備品について聞かれることが増えた」という声があったと聞きました。
備品に気づいてもらえる、というのは本来なら「失敗」です。存在を主張しすぎているということだから。
でも今回は「これ、どこの?」というポジティブな意味での気づきだったとのこと。
それはつまり、空間に溶け込みながらも品質が伝わっている、理想的な備品のあり方です。
「置いてあるだけで様になる備品」をつくることは、客室の世界観を守ることであり、お客様体験の質を上げることでもあります。
市販品で妥協する前に、一度オーダー製作という選択肢を考えてみてください。
参考・出典URL一覧
- 日本旅館協会:https://www.ryokan.or.jp/
- 公益社団法人 日本ホテル協会:https://www.j-hotel.or.jp/
- 一般社団法人 溶接学会:https://www.jwes.or.jp/
- ものづくりマッチング「MEKIKI」:https://mekiki.monodukuri.com/
- 参考事例サイト:https://odkss.com/
